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現実に右往左往しながら、ときどき動画を作る人の記録。
  2030/01/01 [00:00] (Tue)
Q1. 誰が書いてるの?
A1. 何の因果かニコニコ動画にはまり、そしてニコマスにはまった末、見る専からPになってしまった朗読Pという人が書いています

Q2. リンクフリーですか?
A2. どうぞどうぞ

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Whitethroat

マイリスト:



【雑談っぽいもの】:
動画以外に、オフ会などで実際に何人かのニコマスPの方々とお話して、その内容をまとめた記事をいくつか書いています。カテゴリー「お話してみた」、または以下のリンクよりどうぞ。

ふぃるP - 2009年9月21日 早朝
その1  その2

レスター伯P - 2009年11月22日 朝
その1  その2  その3

dbdbP
■2010年1月17日 夜
その1
■2010年1月24日 昼~夜
その1  その2  その3  番外編
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  2011/02/20 [14:16] (Sun)
素晴らしい動画に出会いました。



蜂矢さんの作品。

いろいろ反論はあろうかと思うが、彼女たちが画面の向こう側に、私*が画面のこちら側にいるということは事実だ。だからこそ、その境界をやすやすと乗り越えてみせてくれるこの動画には喝采を禁じえない。

* 私「たち」と呼んでしまうと、諸々の方々から愛の嵐で吹き飛ばされそうなので遠慮しておく



  2010/10/03 [14:14] (Sun)


アイドルマスター2では彼女たちをプロデュースすることができない、という、今のところそう簡単には覆りそうもない現実。それはかなしいことです。

ああ、彼女たちは行ってしまった。
前のステージはからっぽだ。
誰もいない。

そう考えた人がいるとします。
ずっと空っぽのステージをぼんやりと見ているとします。
「昔はよかった」とかため息混じりに言いそうな顔をしているとします。

私のことです。

一方で、そういう人を励ましたい人がいるとします。
つらいけど、苦しいけど、
またやり直してみませんか。
そう言いたそうな顔をしているとします。

私のことです。

この動画は、外へのメッセージの形をとってはいますが、実質は「私」が「私」へ向けた動画です。

ですから、「おしつけがましい」「空虚なセリフを言わせるな」との動画内のコメントは、はい、おっしゃるとおりです。彼女たちの姿をしてはいますが、その中には私もいるからです。彼女たちの面をつけた、「誰かを励ましたい私」がいるからです。と同時に、「誰かに励まされたい私」も観客席にいます。そのため、私以外の誰かが観客席についたとき、反発を覚える場合があるのも無理からぬことと思います。


作風の割に、私は自分の考えを文章で表現することが苦手です。
あの日の後、ブログやTwitterで何か書こうとしてもうまく書けなくて、でも何か言わずにはいられなかった結果がこの動画です。
動画を作る側の私が「こうだ」と言っていても、見ている側の私が「いや、それはこっちだ」と言っている、鈍く痛むささくれのような食い違いや苦さがこの動画には入っています。「さ、行こうか」と「無責任なことを言うな」のポジ/ネガがどちらも捨てがたく、そして等しく私の感情だということも知っています

その揺れ動く気持ちを動画にしてみたら、こうなりました。
次のステージで彼女たちが歌う姿を見た後も、「私」はまた空のステージへ戻ってきてしまいます。
迷っています。フラフラしています。

ですが、そこでこう考えてみるのはどうでしょう。
これが、「始まる前の」ステージだとしたら。
明るいライトが点き、歓声が響く前のステージだとしたら。
華やかな舞台の少し前にいるだけだと考えてみたら。
歌詞にある「二度目のチャンス」は、そういうものじゃないかと私は思っています。


私はアイマスが好きで、ニコマスも好きです。
そしてそれらを好きだという人たちが好きです。

それは、意地汚くずるい偽善であるかもしれません。
しかしそう思うときがあっても、私はまだ好きであることをやめられません。


その一つの決意表明として。



  2010/09/17 [13:57] (Fri)
新しいの、できました。



いつか作りたかったんですよね、この動画。
まずは形にできたことを素直に喜びたいと思います。

以下、制作経緯など。

---



淫の蘭Pの作品、特に「情熱大陸×如月千早」は私にとって特別な位置にある作品です。そしてそれは、私がニコマスPになろうと思った根っこの部分に深く関わっています。
そのあたりの話は、以前にふぃるPとの対談記事にて書いていますので、その記事の中盤以降を読んでいただければ、知ることができるかと思います。

たぶん、あの動画がなかったら私は今でも一人の視聴者のままだったでしょう。ただ時折、視聴者のままでいた方がよかったかもしれないと思うこともないわけではありません。視聴者であったときには素直に感動したり、「すごいなあ」と言えたりしたはずの作品も、どこか批評家めいた目で見てしまったり、「どうすれば作れるのか」と考えてしまったり、気にしないとは言いつつもやはりどこかで数字を気にしてしまったり。そして、そんな自分が嫌になったり。

どこに分かれ道があったのか。それは片方に進んでからはじめて見えてくることもありますが、でも、それでも私は今選択した道が満足できるものであると、この頃ようやく納得できるようになりました。


さて、2009年1月のPデビュー以降、窪田さんのナレーションを使った物語として私は

春香


千早


あずさ





美希


亜美・真美


雪歩


の話を作ってきました(イラストを描いてもらった柏城Pには、毎度毎度だいぶ無茶な注文してました。ごめんw)。

その経験の積み重ね、その集大成が今回の「情熱大陸×水瀬伊織」だと個人的には思っています。

ここで、知ってる人は知っている、知らない人は知らなくてもいい制作上の自分ルール。

「前の作品で使ったナレーションは、以降に制作する作品では使わない」

今回もまた、性懲りも無く守ってみました。また今回の場合、リスペクトの対象である「情熱大陸×如月千早」と「情熱大陸×天海春香」で使われた音声も使っていません。我ながら頑固で融通のきかないやつだなあ、と思ったりもするのですが、やっぱり一人一人を語る言葉はそれぞれ違うものであった方がいいだろうという考えのもと、あえてその不自由を楽しんで作っています。

ただし。

情熱大陸×水瀬伊織での 「労働や職業ではなく、生き方として選んだ道に は終わりがない」 という部分は、情熱大陸×如月千早で使われた、「職業としてこの道を選んだわけではなく、生き方として選んだのだ」 という台詞ととてもよく似ています。気づかれた方もいらっしゃるかもしれません。

この部分は、元となったポッドキャストの回を聞くと、前者のナレーションが後者の直後に出てきます。内容的には重なってしまいますが、一歩だけ前へ進む思いを込めて使わせてもらいました。そしてこの台詞、私から淫の蘭Pへのメッセージでもあります。

ニコマスPは労働や職業じゃありませんし、また生き方なんて大それたものでもありません。ただ、誰かがすごいものを作って、そのすごさを受け止める人たちがいて、またそこから何かを始める人がいるなら、私たちが今見ている夢は続いていくんですよ、きっと。


なお、ふと気になって作業日数を確かめてみると、今回の動画は8月31日に制作を始め、9月6日にはMMDライブ動画以外の部分が完成していました。ということで、実質の制作期間としてはちょうど一週間ですね。この間は本当にこの動画のことだけを考えて過ごしていたように思います。作り始める前はもっと時間がかかるものと思っていたのですが、人間本気になって取り組めば、自分でも信じられないくらいのエネルギーを一つのことに注ぎ込めるのだと感じました。

そういった意味で、私も動画の中の彼女ほどではありませんが、ちょっぴり成長できたのかもしれません。



  2010/09/15 [17:05] (Wed)
07(sm11123150)



3か月くらい経ってからようやくライナーノートなど書いてみるこのていたらく。

亜美・真美の話から実に8ヶ月ぶり。
このシリーズはこれでちょっと一区切りかなあ、と思っています。
やりたいことはいろいろやってきたし、一つのまとめとしてこの動画があるような気がします。

ただ今回は、いつもインストで終わるようなエンディングを歌モノのPVにして、雪歩に朗々と歌ってもらいました。
雪歩っていう子は、気弱で自信がなさそうに見えるけれども(そして最初は実際そうかもしれないのだけれども)、徐々に徐々にアイドルとして経験を重ねていくごとに、自分で歩もうとする強さが育っていくのが特に感じられる子だとも思います。

なので。
最後のPVの歌の歌詞はすっごく青臭くてへこんでいる感じなのに、曲調は力強く、彼女はこれでもかと笑顔で歌います。
全然、絶望なんかしていません。

また、PVに入る直前では

派手でもなく、目立つこともないのに、
なんだかかっこいい人たち。

そして、アイドルの私と普通の日々を送る私が、
どちらも、同じだけ大切な私なんだってこと。


というメッセージが出てきます。雪歩は、少し回り道をする途中で出会ったそういう「大人」たちを見て、無理につける仮面のようなものではなく、自分の一部としてアイドルという生き方に向かい合っていく。そんな気持ちを抱いたようです。

もちろん、これ以降も彼女は、つらいことやめげたくなるような瞬間をたくさん経験するでしょう。でも、そんなとき彼女は心の中でこの歌を歌って、また顔を上げて、再び歩き出すことを選ぶのだろうと思います。そういうエールを込めた話でした。

---

mv12(sm11807068)



暑がりな私は、実のところあまり夏という季節が好きではありません。
でも、そういう季節でも空だったり道端だったり、さまざまな所を見渡すと、はっとするような瞬間だとか言葉を失ってぼーっと眺めてしまうような景色がたくさん転がっています。

このPVは、夏の空ならではの量感がある雲と濃い陰影をより強調しつつも、ガラス細工のような真がその前で淡々と踊ることで一時の涼を得られるような感じで作りました。
そのため、真の存在感はやや薄まっていますが、決して「いなくてもいい」わけではありません。
私としては、この動画での真は、ラムネに入っている炭酸のようなものだと思っています。入っていないと甘ったるい水になってしまうところを、それを加えることでぐっと引き締める。そんな存在です。

そして、彼女の向こうに見える空は、他の部分の空とは少し色を変えています。その色の違いに、彼女が人形ではなく感情を持つ人間だという意味を込めてみました。静かに踊っているようでも、内面では喜び・興奮・不安・緊張など多くの感情が揺らいでいる。それが、人間だと思います。

でもまあ、こういったものは作者の解釈なので、これを見てくれた人が「きれいだなー」と何となく眺めて、そして次の動画を見に行くくらいのあっさりした感じで通りすぎていく方が、むしろこの動画の捉えられ方としてはよいように思います。夏の動画で、こってりした解説は無粋というものでしょうか。



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動画のアップロード時にエンコード待ちが 200 人を超えているのに耐えられず、プレミアムに入ったことも今は昔。ニコ廃だもんね、しかたないね。
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